I need to be with you. Call me, please・・・ “ My Girl ! ” オマケ。 |
透明な朝の光が差し込んでくる。それはカーテンの隙間を縫って、眠る少女の瞼の上にちろちろと影を落とし、おどけるように揺れる。 昨夜と同じ、少しだけ開いた窓の隙間。そこからまだ少し湿りけを含んだ風がすいと気ままに流れ込み、擦れあわせたカーテンの音で、まだ眠りにしがみつこうとする少女の温かな夢をゆっくりと散らしていった。 (……朝?) まだ幾らかぼんやりとする頭をもたげて、かごめは小さなため息をひとつだけつく。どうやら、気づかぬうちに眠り込んでいたらしい。なぜこうして自室のベッドで目覚めたのか、思い至っていいはずのその疑問も、曖昧ににじんだ眠気にまぎれて、まだ少女の頭に浮かんではこない。 とにかもかくにも、ようやく心地良い眠りに別れを告げる決意をかため、かごめはゆっくりと身体を起こした。 「いたた…」 とたん、身体の奥に鈍い痛みが走る――そして一気に昨夜の出来事が蘇る。かごめは思わず肩をすくめてしまった。 くるむように自分の身体を覆っていたのは、紅色の衣。いつも見慣れた犬夜叉の水干だ。ああそうか、そうだったと納得しながら、かごめは肌蹴かけた胸元をぎゅっと掻き合わせた。 (犬夜叉は――?) 漂わせた視線が、ベッドの上をむなしく滑って床へと落ちる。そこに、惜しげなく広がる白い流れを見つけて、かごめの口からくすりと小さな笑い声が溢【こぼ】れた。何故自分が、風邪ひとつ引くことなく温かい眠りを甘受できたのか、そのわけにようやく気づいたのだ。 (運んでくれたんだ) そしてとりあえずベッドに横たえたはいいものの、そのあとの自らの身の置き所にとんと困り果て――結局こんなところに仮のふしどを構えたに違いない。犬夜叉の途惑う表情が、目に浮かぶ。 ベッドの脇に背を押しつけたひどく窮屈そうな格好のまま、眠りこける少年の姿に、昨夜の彼はかけらも見出せなかった。 (よく寝てる) ――起こしちゃおうか だが彼が起きた後、はたしてどんな顔をしたら良いか分からないことに気づいて、かごめは伸ばしかけた手を引っ込めた。犬夜叉が人前で熟睡するのは珍しいのだし、こうして寝顔を拝借するのも悪くはない。 (こんな犬夜叉を見られるのは、あたしだけだってことで) すこし湧き上がってきた優越感に、かごめはしばしの間浸【ひた】ることにする。今の自分はひどく嫌な女かもしれないけれど――いいの、と声に出さずに呟いて、眠る少年に穏やかな微笑みを向けた。 (本音だもの) 犬夜叉は、実に無心に寝入っていた。濃い金茶の睫毛を伏せ、意外と薄い唇を半ば開いて、まるで警戒心のない子供のよう。 するりと滑り込んだ朝風が、かごめの黒髪をなびかせ、続いて少年の白い髪を巻き上げ、くるくると舞って逃げてゆく。銀糸の一端が心地良さそうにそよぐのを眺めながら、かごめはとろりと重くなる瞼を閉じた。 ぱたぱたぱた…と軽快な足音が響き玄関のドアが勢い良く開いて、日暮かごめの一日が始まる。とはいえ家族はまだ帰ってきていないから、いつも通りの朝の風景とは言い難かったけれど。 (行ってきま――すっ) とりあえずお決まりのセリフを、今日は心の中だけで叫んで、かごめは目の前に続く石段へとまっすぐに駆け出した。 あのあと、涼しい風に誘われて、太平楽にももう一度眠りの世界へ漕ぎ出してしまったのがまずかった。てっきり失念していたが今日は補習の日。はたと起き時計を見た時にはもう遅く、即座に着替えて髪を梳かして飛び出ないと、間に合わない時間だった。痛くて動けなーい、だなんて可愛らしい科白を吐いている余裕もない。 (まったく、替えの制服があって良かったわよ) たたき起こして文句の一つも言ってやりたい気持ちを、巌の克己心でぐっと堪えつつ、かごめは文字通り玄関から飛び出したのである。 (あいつにピロートークのひとつも、期待したって無駄だろうしね――) 悟りきった考えを頭に浮かべ、少女は一気に石段をくだる。 ――それに、次に顔を合わせるときにはいつものあたしでいたい 太陽は、燦々と輝いていた。もう随分と高くなっていて朝日とは言えないものの、それでもまだ昼とは違う透明感のある光をもって、神木を、石段を、続く道路を照らし出している。肌を包んでは逃げてゆく風も、露の残り香を含んでわずかに甘い。 シャワーを浴びる暇すらもなかったから――きっと汗臭いことこの上ないだろうし、せめても朝の澄んだな空気で胸を満たしておこうとかごめは大きく息を吸った。それだけで、洗われたように明るい気分になる。 (暗い考えはよそう) 抱【いだ】いた腕は幼くて――それに答えた少女もまだ青い、果実のよう。 けれども焦ることはない。たとえ時間がもう多くは残されていないとしたって、焦ることはないのだ。そんな切羽詰ったことばかり考えていたら、楽しめないじゃないか。 あたしたち、まだまだだ。でもきっといつかは重なり合える。そしてこれは、そのワンステップにすぎない―― 今はただ、残された痛みと満たされた気持ちを抱いて駆け出してゆこう。真っ直ぐに。 遠く離れた彼方から、あなたの声が聞こえる。 ――マイ・ガール! あたしを、追って。
女は強し。
はてさて、残された犬はどうなったことやら。 ちなみに「マイ・ガール!」という題名は、「俺の女!」って意味・・・のつもりデス; |
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