I'm yours. And also――





“ My Girl ! ”
5
(R18)












この作品は18歳以上の女性の方向けです。ご注意ください。













 こっちの世界はいやに明るい。戦国【むこう】では夜ともなると漆黒の闇――特にこのような晦【かい】の夜なれば、墨流しに流れるぬばたまの髪など、つゆと光るさまも見えぬというのに。

 犬夜叉にとって、この状況でのこの明るさは残酷だった。
 獣の眸をもつ彼には、かごめの全身が浮き上がるようにはっきりと見える。異国の香りをまとった髪に頬を埋【うず】めればその匂いはやわらかく甘く、思考を薄靄【うすもや】のように覆って、もうわからなくなりそうだ。
 木の葉がざわと揺れ、少女の黒髪をさらさらと散らしてその匂いをかきたてる。またも角度を変えて差し込んだ電灯の光が、わずかの星明りと混ざりあった白い光で、かごめの柔【やわ】すぎるその首筋を、まるで白磁【はくじ】のように艶【なまめ】かしく照らしだした。思わず傷つけてしまいたくなる危険な衝動をきつく噛みしめ、少年が自我を最大限に制して軽く口づけを落とすと、それは薄紅【うすあか】い花びらとなってかごめの首筋を彩っていった。
 わずかに感じたためらい…それもひとたび点【とも】ってしまった炎の中では、ただ突き上げるような焦燥感と飢渇【きかつ】の思いに変えられてゆくばかり。
 晩夏の空を、一陣の風が吹きぬける。それは境内の豊かな緑を撫で、葉を摘【つ】み上げて、また散らす。はらはらと舞い落ちた幾枚かが、重なり合う二人のそばをすり抜け、闇に溶けていった。
「…ん」
 肌の上を滑る指先。つ…と背に走った爪の感触に、半ば抱き抱えられた格好の少女がびくりとからだを反らせた。犬夜叉は片腕で少女の肩を支え、もう片方の手をそのしなやかな稜線に添わせながら、かごめの反応を確かめる。そして彼がわざと立てた爪に、少女はまたも背をふるわせ、声を上げた。
「あ…っ」
 声にも香りがあるのだろうか。少女の唇から洩れた息に甘い旋律を感じて、犬夜叉の体温がわずかに上がった。指で触れるにもどかしくなった犬夜叉は、背に差し入れた腕でセーラーをまくり上げると、露【あら】わになった玉肌【たまはだ】に薄い唇を押し当てた。軽く愛撫しただけで、桜色が散る。その上を、犬夜叉の豊かな銀糸の髪が、彩【いろど】るように流れ落ちては絡みつく。食いしばった少女の白い歯から空気を震わせるだけの喘ぎが零れ、白い滝の上で千々【ちぢ】に弾【はじ】けるのを聴きながら、犬夜叉はなおも唇を這わせていった。
 と。異国【いこく】の服の異国の布地が、少しばかりかたい感触で鼻先に触れる。いつも少女のまとっている奇妙な着物の下には、もう一重【ひとえ】、その身体を覆っているものがあった。服を透かしたかすかな光の中に、白い更紗【さらさ】らしき模様が浮かびあがっている。
(邪魔だ)
 ためらいもなく、そう思った。
 薄い着物も、その下にある布切れも。手に入れたい、今欲している少女の身体を、守ることもなくただ隠すばかりで、何の意味もない。
 犬夜叉は一端唇を離し、少女を支えていた腕に力をいれて、その上半身を抱き起こした。いきなりの動きに引き寄せられて、かごめがきゃ、と小さな声をあげたが、それに動きをとめることはない。鉤爪【かぎづめ】を少女の鎖骨に滑らせ、リボンの結び目を引っ掛けたまま、少年は少女のセーラーの胸元をひき裂いた。
 小さな下着一枚のみに覆われた少女の上半身が、途端星明りの中にさらされて、白く濡れる。



「きゃ…ち、ちょっと!」
 なんて乱暴な――
 すぐさま少年を遮ろうと突き出した両手は、あいにく彼の動きをはばむことはできなかった。身体はさらに引寄せられ、今度は背に回した指先で下着の紐をぷつりと切られてしまう。少年の金の眸【め】が露わになった双丘を見詰めるのを感じ、腰を持ち上げられたままのかごめは、いたたまれなさに思わずひどく抵抗した。
「なにすんの……っ」
「――かごめ」
 一瞬遅れて届いた少年の声。そして見上げてきた目の色に、かごめは息を呑む。
(……当たり前だって、分かってはいるんだけど)
 今の彼は普段と違う。半分が妖怪だろうとなんだろうと、そんなことは関係ないのだ。こうやって自分を抱いている彼はただの男で、それ以上でも以下でもない。
(で、でも)
 そのあまりのリアルさに、我知らぬ怯えを覚えてしまうのだ。
 時折ぶつかり合う視線が、まるで彼の獣の本性を表すかのように鋭かった。彼の、この腕で切り裂かれていった数多の妖怪たちと、ひょっとしたら今の自分は同じ気分なのかもしれないと――そう感じて身が竦【すく】む。だとしたら、逃れられるわけもない。
 とうとうやわらかな頂きに口づけられて、また体の奥がじんと疼いた。それはあくまで快楽。逃れられないだけではない、自分とて彼を放す気はないだろうと訴えかける本能に、もう従ってしまおうか。
 だがそう思ったところで、じゃらりと固い音が響き、再び口づけようとしていた少年の動きがぴたりと止まった。空を掻いた手が偶然、言霊をこめた念珠に触れたのだ。
(あ――)
 そうだった。かごめはようやく自分に残された選択肢に気づき、指先を見る。
「なんだよ」
 紫水晶の連なりは、少年の体温に反してまだ冷たさを残していた。無意識にそれへ指をからめて、かごめは思う。
 今、言霊を口にすれば、彼はいつもの顔に戻るだろうか。こんな顔の彼を――そう、いつも桔梗へ向けているような男の顔を――自分にもと思っていたけれど、今は何だか逃げ出したい気分だ。犬夜叉の態度も、気持ちも、そして愛撫も、みんな知らなかったものばかり。
「…だって」
 眉を少し寄せた少年が、かごめの表情に気がついて少し首を傾げた。熟れた果実のように赤くなっているかごめを見つめ、わずかに両目を細めている。が、やはりその原因が何であるのかは、わからないようだった。ひょっとしたら、ただ恥かしがっているだけだと思っているのかもしれない。
「だってじゃねえよ、いまさらだろ」
 確かにごもっともな意見だ――そんなことは自分だって承知の上と、肯【がえ】んじそうになって、かごめは慌てて言葉を呑みこみ、俯いた。
 往生際が悪い自分を、犬夜叉は一体どう思っているのだろう。呆れている、それとも腹立たしく思っている?――だがどちらであろうと、それは当面の問題ではない。
(まだ、あたしは聞いていない)
「…厭か?」
 畳み掛けるように犬夜叉が尋ねてくる。けれどそれに頷いてやるのは、なんだか悔しくて出来なかった。勾玉に引っ掛けていた指を無言でほどき、かごめは俯いた顔をあげた。
 もしも今ここで終わらせたら、後悔するだろう。それは、最後までたどり着けたかどうかではなくて――もっと確定的ななにかが、手に入れられていないから。
(確かめさせて)
 そのために、あたしは最後の選択肢を捨てる。
 突然断りもなく押し付けられた熱い唇に、それ以上の考えは奪われていった。滑り落ちた白い指先を、長く筋張った犬夜叉の手が包み込む。いつの間にか肌蹴【はだけ】た水干の胸元に掌を誘い込まれ、挙句唇に息を塞がれて、気が遠くなりそうな――。
 やがて、唇に溢れる熱い感触は溶け、混ざりあってゆく。ためらいがちに差し入れた舌先が、犬夜叉の鋭い犬歯に触れて、かごめは全身に走る戦慄を感じた。唇が離れても、もう零れる言葉はない。ただ熱い吐息だけが、上がった息遣【いきづか】いとともに押し出される。
 犬夜叉の掌が片方の膨らみを少し強引に包み込むと、今まで口づけを貪っていたつややかな唇が、胸間を滑り落ちてつんと立った蕾をくるんだ。合わせるようにして、吐息のみだったかごめの声がせっぱ詰まった喘ぎにかわり、びくんと電流が走ったかのように身体がのけぞる。
「…ぅん…っや」
 やや乱暴な扱いに途惑いながらも、少女は確実に悦楽の波に呑まれてゆく。それは気が遠くなるほど甘い世界で、初めての口づけ以上に思考を浸蝕された。
(星が――)
 力なく抵抗しながら、かごめは辛うじて薄っすらと目を開き、夜空を見上げる。そして涙に滲む煌【きらめ】きを、心に刻もうとなぜか躍起【やっき】になっていた。

(ねえ犬夜叉、知っていた?)
 あたしの心って、あなたが思っているほど綺麗じゃない。今思っていることは、本当にひどく醜い。
 確かめさせて欲しい――あたしが望んでいるのは、ただそれだけ。他には何もいらない。
 醜くても何でも良いの。あなたの心が今誰に向いているのか、それが知りたい。そのためになら、あたしは何だって出来る気がする。
 だから犬夜叉、お願いだよ。ひとことでいい…好きだと。あたしのことが好きだと、言って――

 水底【みなぞこ】のように淡く青い、夜のなか。やわらかい膨らみをもった、少女の白いからだが浮かんでいる。下から支える少年のつややかな銀髪に舐められて、それはまるで蜘蛛の糸にからまれているかのように儚く見えた。少女の足が弾かれるように痙攣し、少年の肩を蹴って辛うじて引っ掛かっていた白い肌着を落とす。鋭い躯【からだ】の線が、はらりと現れて少女のもとにくっきりと輪郭を描き出した。
 漆黒に揺らめくぬばたまの髪と、仄かに光を放つ真珠色の髪。なめらかな少女の稜線と、直線を思わせる少年の骨ばった体躯【たいく】。それが互いに絡み合い溶け合って、海の中に漂う一つのシルエットになる。
 打ち寄せる波のようにざざあとさざめく木々の唄はこんなにも近くにあるのに、見えない薄い壁を隔てているかのごとく二人の耳朶にはくぐもって響く。立ち昇る吐息と擦れ合う布【きぬ】の音が聴覚を消し去り、少年と少女を深く酔わせた。
 まだ横たえられることなく、抱えられたままの少女のしなやかな身体を、ゆっくりと快感が這い上がってゆく。振りかぶった額に透明な汗が伝い落ちて、乱れた髪の幾筋かをしっとりとまとわりつかせていた。時折痺れたように震えるかごめのからだを、豪奢な銀の流れが上から下へと滑りおりる。少年の腕の中でやすやすと持ち上げられ、下腹に柔かい舌の感触を感じたかごめは、背に添えられた手に全てを預けながら、押し寄せる新たな感覚に甘い声を奏でた。
 そして身体をよじらせる動きとともに、既に半ば落ちかけていた制服のスカートが膝のあたりまでずりおちる。少女が一瞬小さく抗議の声をあげたが、犬夜叉はそれを聞いているのかいないのか、腕にまとわりついてきたそれを器用に引き払って、有無を言わせず暗い地面へ放り出してしまった。
 そして最後に残ったもう一つの布切れも、あっさりと鉤爪の犠牲となる。ぷつり途切れる感覚とともに全てをなくし、急に夜気に触れた白い肌が、またも薄く粟立った。
 宥【なだ】めるように、追い立てるように、犬夜叉の髪が少女のからだを包む。穏やかな絹の感触と太腿の内側に滑る激しい口づけの狭間【はざま】で、かごめは息が詰まるほどの細い叫びを、間断なく上げ続けた。
 ――と。
「んん…っ」
 淡い茂みに、少年が触れた。慣れない感覚にかごめの身体がびくりと跳ねあがる。一掬い、かごめが自分自身でも感じるほどの甘やかな露を、少年の指がからめ取っていった。
 だが少年は、それ以上指を差し入れようとはしなかった。そのかわりに熱い舌を、秘された茂みに押し当てたのだ。彼女自身の潤【うるお】いに助けられて、するりと呑みこまれた柔らかな異物感に、かごめは鋭く喘いで思い切り腰を引いた。
「や……ん、犬夜…叉っ!」
 尖った爪で傷付けるのを恐れてか、それともただ単に甘い露を舌に転がしたかったからか。
 犬夜叉の唇が、伝う雫を淫靡【いんび】な音をたてて吸った。引こうとする腰を逆に強く押さえつけられ、かごめは小さくうめいて持ち上げられたままの片脚を犬夜叉の肩にかける。快楽に揉みしだかれた一瞬、ふらりと平衡感覚が失われた。

 気づかぬうちに、白銀の頭を激しく掴んでいた。痛【つ】、という呟きが少年の唇からもれたが、かごめにそれを思いやる余裕などあるはずもない。涙を滲ませた瞼をきつく閉じ、かごめはふるふると頭を左右に振る。
「やめ…やだ、ぁああっ」
 深く入り込んだ舌先が熟【う】れた花芯をついと突き、途端、玉をかき鳴らすような見事な喘ぎ声が犬夜叉の頭上で湧き起こった。それは少年の愛撫に反応して高く低く乱れ、犬夜叉の唇が芯を含んで軽く食【は】んだ時、絶頂に達する。
 ようやく波を緩めた犬夜叉の腕の中に、脱力したかごめがぐったりとしなだれ落ちた。一瞬意識を遠退【とおの】かせたのか、茫洋と開かれたかごめの目が宙を彷徨【さまよ】った。
「かごめ」
「…っ、ぃや」
 持ち上げていた身体をゆっくりとおろしその名を耳に囁くと、少女はようやく気がついて、涙に濡れた瞳を犬夜叉に向ける。そしてさっきの続きのような否の言葉を小さく口にし、気丈に少年の胸板に手を掛けて、体を起こした。



 首筋にも鎖骨にも、胸にも、脚にも……加減なくつけた少年の軌跡は、赤い印となってかごめの身体にくまなく咲いている。押しつけた激情が、思った以上に酷く少女の身体を蹂躙【じゅうりん】していたことに、少年はかすかな罪悪感を覚えて眉をひそめた。
 貪るように喰い尽くしてもなお、少女の身体は包みこむような温【ぬく】さを失わない。甘い香りは更に濃く、強く、犬夜叉の鼻腔をくすぐって意識を白濁させる。
 かごめの身体を、犬夜叉は草いきれの立ちこめる地面に押しつけた。木の葉の隙間からまろげ落ちるあややかな光が、むき出しの素肌の上にちらちらと揺れる紋様をつけて、少女の肌の白さを一層目に沁ませる。汗ではりついた黒い髪が幾筋も、蔦のごとくかごめの鎖骨を覆い、あらい吐息の中で上下していた。
 顔と身体に降りかかる、銀色の長い髪。それを面倒くさそうにざっと掻き上げながら、犬夜叉は最後まで自分のからだに残っていた肌着を落とした。そして少女の上にゆっくりと身を重ね、とじられた膝を強引に自分の脚で割る。途端、何も覆うもののないじかの肌が、互いの熱を強く伝えあった。触れ合う内腿に熱が篭【こ】もってゆく。
(――壊れそうだ)
 武骨な体つきの自分の下で、華奢な肢体が身動【みじろ】ぎする。それを、さらに動きを阻むようにきつく掻き抱き、犬夜叉は自分の全てで少女を覆い尽くそうとした。それはいとも簡単なようで――少なくとも身体の大きさだけでは容易に思えるのに、犬夜叉にとってはひどく難しいことだった。
 こうすれば本当に、心まで手に入れることができるのだろうか。こんなにか細くて儚い身体に、自分の方が抱【いだ】かれている気がするのはどうしてだ。
 答えも見えぬままひとりでに高まってゆく息を、犬夜叉は無理矢理にねじ伏せる。そして、自分自身を焦【じ】らせるように、ゆっくりと少女の身体に残った傷痕を舐めとった。そのたび首に回されたかごめの腕は切なく震え、もどかしそうに銀の滝を掻き分けた華奢な掌が、犬夜叉の汗ばんだ肌を滑り降りた。
 ――ねえ、と。
 刹那小さな呟きが、耳をかすめた気がした。だが何を言ったのか、問い返すことも少年は出来なかった。頬を寄せてきたかごめの黒髪が、少年の意外な程に敏感な耳孔を刺激して、少年は劣情に呑みこまれるのを必死に抑えねばならなかったからだ。
透明な星明りが、零れおちてくる。
 なぜだか空が高く、二人を見下ろしている。
 薄く裂けるような今日の月は、求め合う若い二人をあえて咎めるまいと、目を伏せたまるで運命かのよう。激しい焦燥感に押し流され、それでも心のどこかが青く沈んでいるのを感じて、少年は睫毛を伏せた。
 思い出す――もはや還らぬ、過ぎ去った日々。
 かごめは誤解していたようだったが、犬夜叉は桔梗を抱いていなかった。それは気持ちの問題ではなく、二人にはそれだけの時間がなかったからだ。
 点【とも】されてすぐ、風に煽【あお】られるように燃え上がって、哀しく潰【つい】えて――そんな短い恋だった。
 もし、生きていたなら。
 もし五十年経った世に、桔梗が生きていたなら。いや、せめて蘇った桔梗に、冷たい墓土の香りがまとわりついていなければ、その時はどうなったろう。こんな風に、かごめを抱きたいと思っただろうか。
 埒【らち】もない考えが、少年の心に次々と浮かび、消えてゆく。
 鬼として生まれた者は――生涯鬼として、その生を歩んでゆかねばならないのかも知れぬ。人肌の温度に身を埋【うず】めるようにしながら、自分が考えていることに気づいて、犬夜叉は唇を噛んだ。
(無責任だ)
 欲しいから奪う、それは生ある者として当然の行為だ。だがもしもそれだけだとしたら――それは人ではない。本能に支配されるままの、愚かな鬼にすぎなくなる。
 かごめの温かさに気づくことなく、奈落の罠に感づくこともなく、巫女と二人黄泉【よみ】の世界へ身を投じていたらその方がどんなに良かったか。かごめだとて、自分が甘んじさえしなければ、こんな泥沼に足を踏み入れる事などなかったに違いない。優しい彼女は、傷付いてすがりつく自分のことをきっと放っておけなかっただけなのだから。
(もっと強ければ良かった)
 力だけではない、心もだ。独りで生きてゆけるだけの、そしてそれを何と思うこともない心の強さを持っていたなら。かごめも、そして桔梗をも、傷つけないで済んだはずだ。
 また、頭の中が白くなる。自分の理性の限界が、近づいているとわかった。よがるかごめの声が闇をぬって、犬夜叉の本能を嗾【けしか】けるのだ。奪ってしまえ、自分のものにしてしまえと、語りかけてきて止むことがない。
(…見えないんだ)
 ――見えないんだ、まだ。
 こんな状況になっても、出すべき答えはまだ見えない。
 愛していたはずの、かごめとは違う漆黒の目を持つ女。彼女の朱唇【しゅしん】が震えて、自分の名を呼んだ時の気持ちは、きっとどうしたって忘れられるものじゃない。こうしてかごめのからだを抱きながらも、まだ心のどこかで彼女を想っているという事実が、少年には否定できなかった。
(傷つけてしまう)
 二人とも。不甲斐無い自分のせいだ。桔梗を誰にも渡したくはないくせに、それでいて今はかごめを自分だけのものにしようとしている自分の――
「犬夜…叉」
 かごめが少年の名を呼んだ。潤んだ瞳をしっかりと開いて見つめてくる、その視線を痛いほどに感じながら、犬夜叉は思わず目を反らしたくなる衝動を必死に耐えなければならなかった。舌を這わせていた少女の首筋から顔を離し、一呼吸呑みこんでから顔を上げる。
 ほつれた黒い髪が幾筋か。少女の頬を流れ、こぶりな唇にかかっている。それを犬夜叉が軽く払ってやると、かごめは情けないような顔をして、一瞬だけ笑った。
「かごめ?」
「…何でもない」
 瞳が何かを言いたげに揺れていたのに少年は気づいていたが、結局かごめが言葉を濁すままに彼もまた開きかけた口をつぐんでしまった。少女のかたく閉じた瞼から弧を描くようにして、涙が一筋落ちてゆく。それを唇で受け止めた少年は、その苦い味に少し顔を歪めた。

(鬼…か)
 心の中でそうつぶやいて、少年は唇の端を吊り上げる。
 かごめが欲しがっているものを、結局己は与えてやれない。それを分かっていてなお彼女を求めることが、どれだけ非情か――。
 けれど彼女は、かごめは、受け容【い】れると言ってくれた。ならば自分は、全てをかなぐり捨ててでもそれに甘んじてやる。
(――それでいい)
 例え鬼でもいいから、今は彼女とひとつになりたい。お為【ため】ごかしの答えなど自分を誤魔化す手段にもならない。もう分かっているはずじゃないか。
 狂ったような胸の裡【うち】のこの想いは、きっと永遠に届けえないもの。届けてはならぬもの。だからせめて今はふたりだけ、夜をつむいでいたい。



 覚悟はしていたものの、処女を失いゆく痛みは思った以上に強烈だった。手首を掴む少年の指先に力がこもり、瞳を閉じた瞬間、かごめは思わず悲鳴をあげていた。
「い…っ、や…」
 麻酔なしで歯を抜かれるくらい痛いとか、生きたまま皮を剥がれるみたいだとか、そんな今までに聞いた噂が頭の中をきりきりと回っている。やわらかい、自分ですらも知らないからだの中に、今押し分けるようにして彼が入ろうとしている。痛みと、そして押し寄せてくる恐怖感をいかんともし難くて、かごめは感情のままに声を絞った。
 まだ異性を受けたことのない身体が、裂かれるように悲痛な感覚を訴える。こんなのどうかしてる、きっと何か間違いが起きたんだと、そんな意味をなさない考えが洪水のように溢れて、かごめは本気で逃げ出したくなった。だが退きかけた身体が犬夜叉の強い力に阻まれていて、それも叶わない。涙の滲んだ目の端に、降りかかる犬夜叉の白い髪が見えた。
「ごめん」
 なかば飛びかけた意識を、少年の低い囁きが引きずりもどした。反射的に、何に対して謝っているのよ、と心の中で小さく毒づいて、かごめはそんな自分がおかしくなる。
(やっぱり答え、聞けなかったな)
あ たしが体張って問いかけているのに――こんな痛みに耐えてまでいるのに、あんたはどこまで鈍感なのだろう。それともほんとは、気づいているの?
 柔かいかごめの胸を押し潰さんばかりに、少年がきつく身体を抱きしめてきた。余すところなく触れ合った肌越しに、躍動する強い筋肉を感じる。耳元で、く、と何かを噛みしめるような少年の喘ぎが弾け、痛みが増した。
「…や…あああっ」
 少年の顔が、熱くなった瞼の裏にはっきりと浮かぶ。哀しくて辛い…複雑な糸をからませた、それでいて狂おしいほどの彼の表情を、どうして拒むことなどできようか。自分がそばにいるが故に彼は苦しめられ、そして救いを求めているのだ。
 余裕なく縋【すが】ってくる少年の腕が、切なかった。
(お互いさまよね)
 波に攫われまいと、あげているこの叫びは決して拒絶のそれではない。激しい痛みはきっと、彼と自分の間に立ちはだかる何かを壊す痛みだ。

 答えは、とりあえずこれで十分。言葉がなくたって、こうしていたら自然と流れ込んでくる。
(辛いのは二人とも同じだけど…でもね)
 少なくとも今のあたしは、あなたのもの。だからあなただって、あたしのものだよ――



 処女を失った代償が赤く鮮烈な筋を描き、少女の白い脚をつうと伝い落ちる。それでも、かたや身体の中に何かを宿し、かたや自分の全てを包み込まれて、壊れ易い時の中、二人が得たものは大きい。
 少年が身を緩【ゆる】やかに打ちつけ始めた。攻め立てられた少女の体は、闇に白く、ずり上がりながらも少年を受け止めてゆく。弓のように反らせた少年のからだはいつまでも、少女の中の限界を求め続けた。
 そして痛みに引き攣れた喘ぎが、徐々に甘やかに蕩【とろ】ければ――あとは全て最後の高みへと続く、螺旋の中。






かごめちゃん、処女の初々しさを目指しました。
次はもっと激しいかごめちゃんが書きたいなっ、なーんて。誰がどー見ても隠しページに置かなきゃだめなくらい、スゴいのを(笑)

いただきもの挿絵

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